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ベルリンの壁が25年前にぶっ壊された本当の理由知ってる?




こんにちはー。

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Hello. Please look at the right sidebar of my article if you'd like to translate in to your language. It would be help you.

 

リアルタイムではドイツに来て5日目になりました。

まだ一人も切ってません!

こんなこと、この旅初。

もう焦りを通り越して、飲むヨーグルトとか買ってしまいました。(謎)


そしてこのあとフランクフルトに行き、コブレンツという街に友達に会いに行きます。

5月にマレーシアで出会ったアナとビビという二人のジャーマン美女に会いに、、、。




そして今日はタイトルの通りドイツの悲しい歴史の話を、、、




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11月9日


まずは昨夜の出来事を話さないといけない。

バスステーションにつき、ちょっと待ってバスに乗ろうとした時


運転手『ギターは持ち込めない』

僕『じゃあ荷物と一緒に預けます』

運転手『ダメだ』

僕『?なんでダメなの?』

運転手『ダメだから』



なんだこいつと思って、チケットの受付してるカウンターへ。


僕『ギターはダメだとか言われたんですけど』

受付『ギターとスキー板はダメです。規約に書いてあります』

僕『え、知らなかったんですけど』

受付『バスの運転手に5ユーロくらい払えば特別な場所に置いてくれますよ』

僕『、、、』




つまり賄賂を払えということか。

クッソー


エイマンに予約してもらったもんだからギターがダメとかマジで知らなかった。

隣でスキー板を持ってる男も何だか困ってる。

そこで運転手にもう一度交渉


僕『知らなかったんだよ。これがないと困るし、ベルリンに行けないと困る!恋人に会うんだ!(超嘘)』

運転手『知らない。もし金払ったらいいよ』

僕『わかった。じゃあ5ユーロ払う。』

運転手『10ユーロ。』

僕『(このクソジジイ~!)これしかない!』



財布から5ユーロ札を出そうとしたらポロッと20ユーロが出てきた。



ば、馬鹿野郎、、、隠れてろってあれほど、、、!




そうして、バスの運転手のオヤジに10ユーロを払い、無事ベルリンに行くことができた。
  

なんだかオランダ最後の最後で嫌な気分。


ドイツに入ってから目が覚めて最初に見た風景がこれだった。





朝やけ。素敵。

二度寝したのは言うまでもない。


ベルリンにあるバスステーションに到着し、一人ひとりパスポートのチェックが入る。

チェックしてるのはどうやら軍の人っぽかった。

麻薬犬と一緒にいるところをみるとオランダからの麻薬持ち込みをチェックしてるみたい。

ちなみにオランダはマリファナとか合法だからね。


軍の人『預けたバッグはどれ?』

僕『あの赤いのです』

軍の人『ちょっとこっちへ』

僕『え』




どうやら麻薬犬が僕のバックパックに吠えたらしく荷物全部ひっくり返してチェック。

そして質問攻め。


もうマジでなんなんだよ持ってねーよハゲ

と思いつつも黙って見守る。

もう勝手にしてくださいって感じで半分寝てた。

もちろん持ってない。


多分なんでか僕にはわかってた。

僕が滞在してたお家のお母さんがバンバンだったからだ。

そこにバックパックも置いていたし、だから臭ったんだと思う。


結局20分近く7、8人の軍人に囲まれあーだこーだ言われたが無事釈放された。


洗濯洗剤のアタックの粉を手にとり『これはなんだ!!ドラッグか!!』とか言われた時は流石に竜巻旋風脚してやろうかと思ったけどね。

まあ出来ないけど。


竜巻旋風脚しってる?ストツーの。

僕がやったらジャンプ力の関係で『たつ、、、!』ぐらいしかいえないと思うんだよね。




そしてそして、昨日から何なんだよまったく。

と思いながら電車に乗り町中へ。

なんか電車の中でラッパ吹いてる正露丸みたいなおっちゃんがいたよ。

すごいなドイツ。







 

さんざん迷った挙句やっと宿にたどり着いた。

なんか、宿についていろいろムカつくこともあったり寝れなかったり予定無かったりで、もうしばらくゴロゴロしてた。


ゴロゴロタイムが終わりに近づき、ふと思い立って外に行ってみることに。

なぜなら宿の受付してるとき、スタッフが別の客にこんなことを言ったんだよね。


『今日はドイツで一番大切な日なんだ』


なるほど!祭りか!


そこで街歩きをしてみることに。

なんだか街はもうクリスマスムードだね。








ぼんぼりです。





何やら光り輝くぼんぼりみたいな風船が道にずらーーっとならんでる。

これなんだろう。






街の中心を目指して歩いてたんだけど、なんだかだんだん人がすごいことになってきた。






その時奥に光るものが見えた。
 
何だあれ、、、








そして時間とともに増えていく人、人、人


僕の地元の山梨県富士吉田市の火祭りの10倍くらいいるんじゃねーかって人。

え、わからないって?

毎年8月末にやってるから行ってみてね!



人混みの奥に見えるのがあの有名なベルリンの壁だね。












ところで!


実は僕は歴史が大好きでございます。

勉強はできなかったけど、歴史だけはめちゃくちゃ得意だった。

というか、勉強しなくても出来た。

教科書を適当に読んだだけでなぜか結構覚えられたくらい。

日本の歴史、世界の歴史が好きなもんで旅にハマったみたいなところあります。

寺とか神社とか取りつかれたように行ったもんですよ。


このブログでも過去にカンボジアの歴史のことを書きましたけど、今日はせっかくなのでドイツのベルリンの壁について。

知らない人もたくさんいると思うので。

簡単にね。


眠くなったら寝てね(笑)



1945年、第二次世界大戦でドイツは日本と同じく敗戦した。

そしてドイツという大国は資本主義のアメリカ、イギリス、フランスに西ドイツを占領されて、共産主義のソ連に東ドイツを占領されて分断されてしまった。






首都ベルリンは、東側の地域にあったんだけど、首都ということでそこもアメリカ・イギリス・フランス・ソ連によって東西で分断された。





結構勘違いされやすいんらしいんだけど、西ベルリンは西ドイツと接してはいないんだよね。

周りを全て東ドイツに囲まれた陸の孤島。







その後、だんだん資本主義として発展する西ドイツと東ドイツの経済格差出てくると東ドイツ国民の西ベルリンへの逃亡が増えていった。


ベルリンの壁ができる前は実は東西ベルリン間は行き来が出来た。

通行できる道路がたくさんあったし、地下鉄や電車は両方を通って運行されていたそう。

なので、東に住んで西に出勤する人や、逆の人もかなりたくさんいたみたい。

山梨に住んで東京に出勤するサラリーマンみたいだね。

毎朝中央線にゆられ1時間半とかかけて出勤ってすごいよね、、、


話がそれた。


そして東ドイツ政府は、東ドイツ国民が西ベルリン経由で西ドイツへ行ってしまうのを防ぐために壁を作ることにした。

壁を作ったことで「封鎖」する対象は東ドイツ国民のためだったわけです。


敗戦から16年後の1961年8月13日。




東ドイツ政府は夜中のうちに東西ベルリン間の道すべてを遮断して、有刺鉄線で最初の「壁」の建設を始めた。

朝までに東西間の通行はほとんど不可能になって、有刺鉄線による壁は昼ごろまでにほぼ建設が完了したらしい。

その2日後には石造りの壁の建設が始まった。


一夜のうちに突如出現した壁によって東西は完璧に分断されてしまったため、その日から家族、親戚、友達、恋人に二度と会うことが出来なくなってしまった人がたくさんいたそう。

かわいそうだよね。


壁は、その後に何度か作り変えられて、約15年後に完成した壁はコンクリートでできていて、総距離は155km。


西ベルリンと東ドイツ側に2枚の壁があり、その壁の間は100メートルくらいの無人地帯になっていてとなっており、壁を越えようとすると直ぐに見つかったそう。

東ベルリンから壁を越えて西ベルリンに行こうとした住民は東ドイツ国境警備隊により逮捕されるか、射殺される。


その日から、壁が壊されるまでの28年間で逮捕者3000人、死亡者は192人でその中には子供も含まれるそう。


でも生きて西ベルリン行けた東ドイツ国民は5000人以上いるらしい。



1989年になり、ハンガリーの首相がオーストリアとの国境を開放すると、ハンガリー経由で西ドイツへの亡命ができる!と希望を持ったたくさんの東ドイツ国民がハンガリーへ。

国境越えに成功すると、そのニュースはすぐに広まり西ドイツ・オーストリアと国境を接するハンガリーとチェコ・スロバキアには東ドイツ国民が殺到したそう。





ハンガリー経由での出国が可能になったので、もはやベルリンの壁は意味がなくなり、東ドイツ国内でもデモがたくさん起きた。

そして東ドイツ政府のトップは失脚して、その後継者になったクレンツっていうスースーするガムみたいな名前の人率いる東ドイツ政府は、出国規制の緩和策を決めた。



そして、1989年11月9日

その日の夕方、クレンツ政権のシャボウスキーというお酒みたいな名前の人が定例記者会見の場に立った。

ウイスキーさんは、この規制緩和策の内容をよく把握しないまま(会見の準備で遅刻したから内容をよく知らんかった) 世界各地から200人もの記者が集まる定例記者会見でこう言った。


「東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる」


この時、実はまだこの内容は完全に決定されたわけじゃなかったのにウイスキーさんがフライングで発表してしまったんですね。


いつから発効するのかという記者の質問に

「私の認識では『今でしょう』」

と答えてしまった。


東ドイツは国民がこれから外国へ出国する際には、
「遅滞なく」ビザを発行する、ということが決められる予定でしたが、
シャボウスキーはこの「遅滞なく」という部分を「今すぐ」と勘違い。


そう、勘違い


この記者会見を各国メディア、東ドイツ国営テレビ局などが報道し、彼の勘違い発言を聴いていた東ドイツの国民は解放を喜んで、ベルリンの壁に殺到。

殺到した市民の対応に困った国境警備隊の指揮官は11月9日深夜に独断で検問所を開放した。

西ベルリン市民は東ベルリン市民を歓迎して、花を手渡す人もいたそう。





その翌日。

もうこんなものいらねーだろと 市民が壁をぶっ壊してしまったんです。


戦争の、冷戦の産物。

当時『絶対に超えられないもの』の象徴だった壁が壊された瞬間、、、。


そしてのちのち、東ドイツによって壁はほぼすべてが撤去された。



勘違い発言がきっかけで、ベルリンの壁が崩壊し、結果東西ドイツの国境は事実上なくなって東西ドイツが統一されることになった。




、、、聞いたところによると、この日は壁が崩壊してから25年。

そう11月9日だった。


だからこのイベントをやっていた様だった。

し、知らなかった、、、!

すごいタイミングで来たもんだ!



当時、この街の中心部はにある建物の前にかべがあったんだ、、、。




当時壁があった場所と同じように並べられた風船が一斉に空に飛ばされる。







ほんの25年前の出来事だから、当時のことを知ってる人はたくさんいるだろう。

国が分断され、友達、家族と離れ離れになって、、、悲しいドイツの過去を覚えてる人達はもちろん、若い人達からもすごい歓声が上がってた。

きっと僕がいた場所だけじゃなく各地でそうだったのかな。



日本は敗戦後分断されなくてよかったよね。

もし日本が降伏しないで本土決戦をしてたら東日本、西日本でわかれる運命だったかもね、、、



 
僕は一通り見たあと、おばちゃんの店でソーセージとポテトを買って帰りました。









長くなっちゃったけど、これで終わりにします。

知らなかった人もいるのでは??


ではまた明日。


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コメント

はじめまして。
ベルリンの壁崩壊は僕の子供の頃のビックニュースのうちのひとつでした。
歴史的な場所を直接みられて羨ましいです!
前回の文も読みました。書く方も読む方も自由をはき違えずに、思いやりやマナーのある場にしたいですよね。
匿名だからと言って無責任なことを書く人は恥ずかしいです。
引き続き楽しんで、僕らを楽しませてください!
P.S. FB承認ありがとうございました!

こうじさん

僕はカップヌードルのCMかなんかでみた記憶があるだけで、、、
間近で見るとかなり高い壁でした。
ありがとうございます!
これからもぜひよろしくお願いします。

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